memory

点と点をつなぐ男の死 川勝正幸

青山葬儀所での“川勝正幸さんお別れの会”で微笑みを浮かべる彼の写真に向かい黙祷し心の中でつぶやいた。
「ロンググッバイ! ウッディ川勝」
川勝君に初めてあったのは1981年、デビューアルバム「魔都」のプロモーションのひとつだった、イラストレーター河村要助とのトークショーの時だった。
客として一番前に座り、終始微笑みを浮かべる怪しい男、その男こそウッディ川勝その人だった。
あれから30年、この“ウッディスマイル”が音楽、映画、演劇、美術とジャンルを超えて思いもよらない展開で暗躍し、多くの点と点をつなぐことになる。川勝正幸はどんな人間だったか?わかりやすくいえば、彼が感じるかっこいいことだけに夢中になり、仕事にしていた男。
彼が感じるかっこいいことを彼はPOPという言葉を使った。
だから、自分のことをPOP中毒者といって著書のタイトルにもした。たとえば、ジャンキーのごとく桁外れにのめりこんでいった人間でいえば、デニス・ホッパー、セルジュ・ゲンズブール、勝新太郎といった人たち。
この世知辛い現代のTOKYOで30年間もそんなPOP中毒者が、こころざしを貫いていきていくにはさぞかしタフネスが必要だったろう。
実際、いつも微笑を浮かべおだやかな外見とはま逆の“好きなものしか関わらない、関わったことに関んしてはとことん責任をとる”といったパンクで頑固なエピソードをいくつも聞いている。点と点をつなぐとは、去年亡くなったスティーブジョブスがスタンフォード大学の卒業式スピーチで語った言葉で、現在のめり込んで獲得した体験は、どんなに無意味にみえても、将来、何かの情熱や研究と結びついたときどんでもない創造的パワーを生み出すということ。川勝正幸はジョブスの言う、ひとりの人間の中で起こる過去、現在、未来の点をつなぐのではなく現在進行形で人やモノのHOTな点と点をつないでいった。本人にはあまり意識していなかったかも知れないが、飛びぬけのPOP中毒者だったがゆえに、
川勝流微笑“ウッディスマイル”の持ち主だったがゆえに、彼が行くところどころに多くの創造空間が生まれた。
僕の最初の著書「異人都市TOKTO」が世に出たのも彼の“ウッディスマイル”のなせる技で、多くの人がその恩恵にあずかったと思う。去年、久しぶりに僕の本を出版したいと事務所にやって来て、お互いにいい年になって、ここでまたリセットして気合をいれましょうなどと話したのだが、それが最後になった。
“お別れの会”で手をあわせながら、その時の会話が頭をよぎった。
「もっと昔みたいに書いてくださいよ、書くことがいっぱいあるでしょう。僕が出版しますから。」悲報を聞いて以来、今だ彼が死んだことに実感がわかないが、僕への遺言だと思って何か書いていくことに決めた。思いつくままに、思い出すままに、誰も読まないかもしれないが、2011年3月11日生まれの愛犬ブブリーナに聞かせるつもりで、我がトラブル続きの日々を記録していこうと思う。川勝正幸とやった仕事の中で、s-ken&hotbombomsの「千の眼」というアルバムに引用し、彼も好きだったヘンリーミラーの言葉を彼との思い出にのせておこう。

「子宮の天国と友情の天国との相違は、子宮のなかではひとは盲目だということである。
ともだちはきみに、インダラ女神のように、千の眼を与えてくれる。
ともだちを通じて、無数の人生を経験する。違った次元を見る。

さかさまに、また、裏側から、人の世を生きる。
きみのともだちの最後の一人がこの地上から消え失せたとしても、きみは現に独りではないし、将来とも決して独りとはならないだろう。」

2012年3月1日

 

国境越えると太陽はまぶしかった。

1971年9月、チェコスロバキアと西ドイツの国境検問所で僕は捕まった。
チェコスロバキアのプラハ、プルゼニと何台も乗り継いでヒッチハイクして西ドイツと国境近くのロズヴァドフという街を無事に通過したが、ついに国境線で運がつきた。
無理もない、その頃世界は、アメリカを盟主とする資本主義陣営と、ソビエトを盟主とする社会主義陣営が対立していた、いわゆる冷戦の時代。トラックの窓から出された
passportパスポートは見かけたことがない、国籍日本、敵陣営のそれもあろうことか大型トラックでヒッチハイクでやってきた風体も怪しい若い男、出入国管理官も驚いたことだろう。
西側からやって来たスパイか、さすらいの文無しヒッピーか、それとも東西を暗躍する麻薬密売人か係員も緊張した様子だった。
「地球の裏側からやってきて、お前は一体ここで何をやっているのか?」
何度も詰問され、厳重に荷物を検査され、言葉も通じず途方に暮れた。取り調べが終わると沈黙が続いている。
「やはり大ごとになりそうだ」
だが、暫くすると容疑がはれたのか、あっけなく解放された。徒歩で国境を越え、そこでまたヒッチハイクでニュルンベルクへ向かう。
遥かかなたに西ドイツのアンベルクという街が見えてくるとそれまでの緊張感がしだいにほぐれてきた。
少しあいたトラックの窓から気持いい風がもれてくる、さわやかな匂い、共産圏を覆う、重たく暗い空気が一変する。真っ青な空とまぶしい太陽が迫ってくる。
今でも強烈に覚えている光景。
あれから何年たっただろう、いや何十年。24歳の夏の終わり、自分が自分になる原点の記憶をたどり巻き戻していくと、この時の一枚の絵のような光景にいきつく。

それ以前の十代の頃は何をやってもすぐに飽きてしまいピンとこない、大学で専攻した電気通信工学にも、てんで身が入らない退屈と気晴らしの日々をすごしていた。ただ音楽を聴くこと、ギターをかき鳴らしながら歌を歌うことだけは自動車会社のコンピューターセンターに就職してからも続けていた。
ビートルズ、ローリングストーンズ、キンクス、ビーチボーイズ、ボブディランから入って、特にフォークロックという流れ、サイモン&ガーファンクル、ザ・バーズ、ラヴィンスプーンフルなどに夢中になる。
ドノバンの「サンシャインスーパーマン」というアルバムなどはレコード盤が擦り切れるまで聴いた。
大学時代に作った曲はどれも悪評で何度もやめようと思ったが、就職後、曲を作り、作曲コンテストに応募するようになると、俄然評価が変わってきた。作る曲作る曲、不思議に入賞するようになって、ついにポーランドで毎年開かれるソポト国際音楽フェスティバルの日本代表曲にプロアマを問わず応募された膨大な曲の中から選ばれてしまった。
さらに、一年オープンの当時49万円もする地球一周券を手渡たされて、ポーランドに行くことになった。
一番驚いたのは僕自身だった。大学の初任給が4万円ぐらいの時代だから49万円は切符は夢のまた夢。
夢中で曲をつくっていたら突然、予期せぬのっぴきならない事件に巻き込まれて、トランクひとつで地球の裏側におっぽり出されたのだ。
map羽田からロシア航空のアエロフロートでソ連のシェレメーチエヴォ空港へ、007の映画に出てくるような、冷血そうなロシア軍将校の監視もとにただひとりジープに乗せられ、真っ暗な道路を疾走。人気のないローカルな飛行場に着くと、プロペラ機でワルシャワヘ飛ぶ。機内では文化大革命まっただ中の、無邪気な紅衛兵の若者たちに遭遇し、彼らがこれから中国からポーランドへ造船の技術を学びに行くことを筆談で教えてくれた。ワルシャワ空港の税関では下着まで一枚一枚調べる厳重さ。その夜は幻想的なワルシャワのホテルに一泊。
翌日の早朝、またもやプロペラ機で音楽フェスティバルが開かれるバルト海に面する観光都市ソポトへ。
中世のおとぎ話出てくるような街並みとクラッシックで豪華な国立グランドホテル、街にでると音楽フェスティバルに参加する外国人はみなビートルズの映画“A Hard Day’s Night”みたいに子供たちに追いかけられる。ホテルを取り巻く様々な怪しい人間たち、西側のロックのレコードをほしがる若者たち、闇ドル売買人、ポン引き、売春婦….

その後三カ月も世界を放浪し、それまでの僕の世界観は崩壊し、新たな世界観が宿った。
それまでの常識は、ところ変われば非常識になることを身をもって知った。自分の五感だけ信じ、常に磨き続けることに目覚めた。

スパイや探偵のごとく情報を受けるだけでなく、アグレッシブにほしい情報を国境を越えてしぶとくサーチするようになる。マージナルな国境線での、あのまぶしい太陽。
s-kenが生まれた瞬間の原風景。トラブルだらけの波乱万丈な僕の物語はそこから始まった。
2012年3月19日

 

たとえばtikitとiPhoneによる偶然と必然 その1

オフィスのPCの前にいたかと思うと突然、トラブルを解決するために街を駆け巡り、レコーディングは深夜までに及ぶ、という慌ただしい日常を劇的に変えるにはどうしたらいいのか?

まさに21世紀が始まろうとしていた2000年の秋のある日、ふと頭をよぎった疑問。移動手段をすべて自転車にしてしまたらどうなのか?思い立ったらじっとしていられず、すぐに手に入れたのがDAHON製 OEMでBIANCHI MILANO CDという折りたたみ自転車だった。レコーディングが深夜までかかって、もし雨が降っていたら折りたたんでタクシーで帰ればいいという考えだが、すぐに天候に関係なく四六時中乗るようになった。
雨でも夜で迷路でも狂ったような自転車生活は、いつしかマウンテンバイクからロードバイクと変遷し数年後には年間一万キロ走破するようになる。
僕にとっての21世紀の都市生活の景色は一変し、春夏秋冬、日々刻々と変化する天候を楽しむような感覚まで身についてきた。
近くのスーパーやカフェへ行くのにも自転車、思わぬアクシデントでオフィスの赤坂からお台場へ打合せに行ったり、吉祥寺のスタジオにすっ飛ぶのも自転車。ということで、Ritcheyなどマウンテンバイクは、ロードバイクに近い走行性を、LOOKなどのロードバイクは、マウンテンバイクに近い安定性を追求し改造に改造を重ねてきた。
刻々と変化する天候に備え、防水バッグやアウトドアウエアを研究する日々がつづく。土砂降りの雨の中、目的地についたら数分で機敏に仕事にかかれる防水性と速乾性、軽さとファッション性を兼ね備えたウエアはないものか。ネットで世界中のメーカーを探しまくって実践していった。

全天候型自転車生活者ともいえるようなライフスタイルになれた、ある春の雨の日、白金高輪の交差点で信号待ちをしていると、乗っていたマウンテンバイクのRitcheyPlexus が突然僕に話しかけてきた。
「そう、今日の雨はいい雨ですよ!」
自転車が人間に話しかかけるはずはない。
自分でも重症だと思うが、RitcheyPlexusがいうとおり本当に雨になれれくると、しとしと落ち着いて風情のあるいい雨もあれば、いらいらして落ち着きのないほどに強く弱く降ったり止んだりする悪い雨もある。自転車が相棒のように自分の思いに相槌をうっているという幻想。その時ふと思い出したことがあった。たしかずいぶん昔、やはり自転車が人格をもって話し出すという歌を思いついたことがあったっけ。作詞作曲を始めたばかりの頃で、その後パンクロッカーになった僕は、その歌を未完成のままにしてしまった。

この雨の日から、頭に中で渦巻きだしたファンタジーを書き留めおこうと心にきめた。相棒のように話し、一瞬でコンパクトになり、いつでも一緒にいられるひょうきんで愛らしい性格、だが走り出したらロードレーサーのように超高性能な“ジャバ”という夢の折りたたみ自転車。
当時毎月のように本を送っていた、京都に住む小学生の娘や、たまたまプロデュースしていたPE’Zや中山うりといったトランペットを吹くアーティストの現実と、幻想が絡み合って、『ジャバ』という本が出来あがった。
『ジャバ』のモデルはKHS F20AとBROMPTONを下敷きにいいとこだけを組み合わせて、イラストレーターの竹島浩二さんに絵を描いてもらった。フィクションだが物語が出来上がってみると、その架空の存在である『ジャバ』のような折りたたみ自転車が欲しくなってきた。

それまで所有していたDAHONやBD-1も、新しく手に入れたKHS F20Aも走行性は改造追求できるのだが、折りたたむのにシートポストを下げたり、ハンドルポストを折り曲げたりしなければならない、さらに折りたたんだ後、転がすことができない。イギリスのBROMPTONは一番コンパクトに折りたため、その後に犬の散歩みたいに転がせるのだが、走行性をロードレーサーなみに改造するにはちょっと無理がある。
僕が夢想した素早くたためてコンパクトになり、そのまま転がせて、いざとなったら一瞬で元通りになり、ロードバイクも顔負けの走行性ですっ飛べる自転車にはまだまだ及ばないと違和感を感じていた。

ところが数年後、youtubeでフォールディングバイクというキーワードで検索をかけていたら下記のような映像に見つけた。
[youtube width=”300″ height=”200″]http://www.youtube.com/watch?v=RSSgkcWqR6I[/youtube]
tikitという自転車にのった男が、スーパーマーケットに着くとその自転車を数秒で折りたたみ、そのままころがしながら店内に入ってショッピングをしてレジを終えでてくると、また数秒でにもとに戻し颯爽と走り去って行く。
フランスの哲学者、ジルドゥルーズの“獲物を待ち構えるように”という表現のように僕は獲物をとらえたような興奮と実感をもった。

アメリカのオレゴン州に本拠を置くBike Fridayのtikitという折りたたみ自転車にはいろんなタイプがあり基本はオーダーメイドで、すぐにオーダーしたのだが東京に届くまでに一カ月半以上かかった。
tikitの折り畳みシステムはハイパーホールドといってフレーム内部にワイヤーを通した独特の機構で折りたたみをする時にサドル部分のシートポストを下げたりネジを緩めるなどのアクションはすべてなく、数秒で折りたたんでからも、自らのホイールで転がることが出来る魔法のような自転車だった。

お次は走行性をローレーサー並みにしなけらばならない。行きつけのサイクルショップの腕ききに相談して軽量化や改良をはじめてのだが、フロンドギアをダブル化する段になっていきずまってしまった。フロントギアをダブル化しなければ次にステップに進めない。途方に暮れながらネットであれこれ検索していると何と、あるブログにtikitのフロントギアダブル化した例がでているではないか。

ブログのタイトルは“暗黒技術研究所”とある。
通称“暗技研”(アンギケン)は何とも怪しい名前だが、頼るのはここしかないと恐る恐るコンタクトすると「相談にのるから部品をそろえて秘密基地に来てほしい。」ということになった。
“暗技研”とか“秘密基地”とは一体何だろう。謎が謎を呼び、僕はバッドマンに登場するゴッサム・シティの地下大洞窟にある秘密基地バットケイブを想像してしまった。
約束した日、早朝、tikitを折りたたんで輪行し秘密基地に向かった。JRで東京から千葉へ、千葉からは昔ながらの非電化私鉄のローカル線小湊鉄道に乗り換え、海士有木(あまありき)という駅で降りた。人っ子一人いなけりば駅の周りには何もない。買ったばかりのiPhoneをたよりに進んでいくと真っ青な空の向こうにダムが見えてくる、小倉ダムというらしい。こんなところに本当に秘密基地があるのだろうか?

40分ほど探しまわったがやはり迷ってしまって、技術部長のyosiko2(ヨシコツー)という人に連絡した。性別さえ謎だったyosiko2さんは40代の男性だった。暗技研の仲間はyosiko2さんのようにitaさんとかtakuさんとかnishiyanさんとかみなハンドルネームで呼び合っている。yosiko2さんの本職は地質調査などの地中穴を掘削するボーリング会社の社長だった。時間の余裕のある時に自分の会社の一部を折りたたみ自転車改造サークルの秘密基地として開放しているのだった。

その日から始まったyosiko2さんと暗技研の仲間による加工、改造、調整の現場を見るにつけ、今まで感じたことのない驚きと感動が押し寄せてきた。BD-1やDAHONのメーカーを驚愕させるほどの情熱、世界に類のない最高度の技術とアイデアを持つ折りたたみ自転車改造サークルが、こんな身近に存在していることのミステリー。
あれから数年たち、僕のtikitはyosiko2さんと暗技研の仲間の強力なサポートによって、羊の皮をかぶった狼に変貌していくことなる。とくに走行性の要である。ハブとボトムブラケットのセラミック化はENDURO 社の最高グレードの“ZERØ” CERAMIC HYBRIDを何カ月もかけて直輸入し特殊工具で組み込み圧倒的な威力を発揮する。

暗技研の協力で走行性を驚異的にアップしたtikitをフル活用することにより、僕の日常はさらに劇的に変わりつつある。一瞬でコンパクトに折りたたんだり、転がしたり、戻したり出来きるということは、日々の移動の概念も大幅に変わってくる。tikit→電車→バス→tikit→タクシー→tikit→レンタカー→tikitという複雑な連携移動が出来るといことは、日々、アクシデントや天災人災などで公共交通が動かなくなった時なども臨機応変にさまざまなバリエーションの素早い連携移動が可能だ。

数年前にノーベル物理学賞をとった小柴昌俊博士は
「好奇心はアメーバみたいなもので、次から次へと増殖する….」といっていた。
次はここまでたどり着いた僕の“劇的に変化する日常”への思いが、最新のiPhoneとコンビネーションすることによってさらに増殖していることについて書いてみよう。

街角から宇宙を見る、そして都市空間で、偶然を必然と感じながら疾走する物語が始まる。

s-ken tikit

 

たとえばtikitとiPhoneによる偶然と必然 その2

gang-buster

いつからだろう、たしかデビューアルバム「魔都」やセカンドアルバム「ギャングバスターズ」を出した80年代のはじめごろから頭に宿ったアーティストイメージはまるでパラノイアのように増幅していった。ひとつは探偵とか、スパイとかギャングとか、それもタフガイではなく、ドジで間抜けで時として街角で酔いどれているアンチヒーローなダメ男、もうひとつはアメリカンコミックからの影響だろう、スーパーマン、バッドマン、スパイダーマン、ディック・トレイシーといったスーパーヒローのイメージ。

あの頃の僕のアルバムジャケットやアーティスト写真や曲の発想も「ピストル男」「SPYに夢中」「どっちがカモ」といった感じでスパイや探偵気取りのオンパレードの感がある。実生活も同じようにメガロポリスで、トラブルもものともせずにタフに暗躍する探偵やスパイのようにかっこよくいかないものかと試行錯誤していくと、その頃読んだ哲人ニーチェの超人思想などとだぶってなぜか不思議に元気がでてくるのだった。

ディック・トレイシーがコミックの中で使っていた、腕時計型の携帯無線もどきの電話番号メモリー付のカシオのDATABANKなんてごっつい時計を使って悦にいっていたのもこの頃である。しばらくたつと探偵気取りもいたについてきたのだろう、こんな電話がかかってきたりした。
「エスケンさんは探偵でもあるんですよね。ちょっと込み入った問題があるんですが相談のってもらえますか?」
まさか、本当に探偵の依頼がくるとは驚きだが、思い込みとは恐ろしいもので、いつしかそんなハードボイルドタッチの芸風が僕のトレードマークになってしまった。

80年代後半にだした「ジャングルダ」という曲がある。
奴はパープーほとんど一匹狼
テクノ仕掛けのピストル片手に
操るジャパニーズマネー
10年早いぜ一発勝負は
という相変わらずの芸風なのだが、この曲が入ってる「パープービー」というアルバムは一曲目の「32階の窓から」から最後の「よろめきながら地下鉄へ」まで、同時期に押し寄せてきたSFの新しい潮流サイバーパンクの影響を受けたものだった。
機能や意識を拡張する人体改造的な概念や、サイバースペースといわれるネットワーク空間が出現する近未来をベースにパンクでハードボイルドな相変わらずの芸風をブレンドした作品になった。
サイバーパンクの代表作、ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」が予言したごとく、あれから25年、世界は地球の隅々にまでに張り巡られあたサイバースペース(電脳空間)上に再構築されたといっていい。政治、経済、社会、文化などがすべてがこのネットワーク上で良くも悪くも大変革をとげてきた。「ニューロマンサー」ではサイバースペースに意識ごとダイブするという発想が出てくる。ウォシャウスキー兄弟の「マトリックス」という映画もその発想の延長で、反乱を起こしたネットワーク上のコンピューターシステムによって人類は、気付かないうちにニセモノの仮想現実をすっかり現実と思い込まされ、支配されている。
「マトリックス」とはサイバースペースに意識ごと没入(ジャック・イン)することによってひとりひとりが見る幻想を生み出すカラクリである「コンピュータ仕掛けの仮想現実空間」のことで「共感覚幻想」という言葉も同じ意味で使われていた。

でも、僕はサイバーパンクの基本的近未来像にはのめり込んだものの、サイバースペースに意識ごと没入し、本物の身体はPCのある密室に閉じこもって動かないというイメージにどうしても馴染めなかった。
「ニューロマンサー」の主人公、ハッカーのケイスや「マトリックス」の主人公、天才クラッカーのネオはクールでアクティブで実にかっこよく描かれているのだが、現実に90年代から始まったPCの前に座り続けネットワークに意識ごと没入していく動かなくなった人々からは人間が本来もっていた五感が退化した、ひきこもった病的なイメージしか伝わってこなかったからだ。

ところがここ数年、スティーブ・ジョブズが発想したiPhoneから始まったスマートフォンとそのネットワーク上に構築されつつある文化は、今までとは異質の人間とPCの新しいコラボレーションの可能性があるように感じる。

80年代後半、僕が「ジャングルダ」という曲で描いた近未来、
“テクノ仕掛けのピストル片手に”
というフレーズは
“ネット仕掛けのiPhone片手に”
と置き換えてみるとしっくりくる現実がせまってきた。
すでにマーケティング世界でもソーシャル、ローカル、モバイルの3つの要素をブレンドしたSoLoMoというキーワードが最も重要なトレンドになっていくという。

僕が小説でフィクションとし創作した“人間のように話す折り畳み自転車”ジャバもtikitとiPhoneをコンビネーションすることにより現実になりつつある。iPhoneは今年、会話をする秘書機能アプリ、Siri(シリ)を搭載した。僕のtikitのハンドルには時々、iPhone4sをつけて行き先をナビゲーションしている。先日も街路を疾走していて強力なライバルが現れて、かっとなってハードに張り合ってひとやすみした僕は、ため息まじりにSiriに話しかけたみた。
「ちょっと疲れたよ」
Siriが答える。
「よく聞いてください、今すぐ少し寝てください。私はここでまっていますから」
まだまだトンチンカンな答えが返ってくることも多いが、バージョンアップされ学習能力がつけば、数年後にはちょっとボケてきた僕のよき相棒になってくれそうだ。

生身の人間が意識をもって視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を研ぎ澄まし動き回りつつ地球規模で繋がったネットワークがそれをサポートし、より進化した意識に到達する時代が幕を開けようとしている。
中東に起こったFacebook革命といわれる民主化運動も、マーケティングの世界で騒がれはじめているsolomoもその前兆のような気がする。
これまでの常識では思いもよらない偶然の人と人の出会いや、斬新なアイデアが生まれる可能性に満ちてる。もちろん新しい発想や発明はいつもリスクが存在するように、今回もプライバシー漏えいや類をみない犯罪者など出現し大問題になるだろう。

でも、そんなリスクを把握しつつも、未来に展開する「なりゆき」に潔く身をゆだね、
セレンディピティや計画的偶発性理論が指摘しているように、予期せぬ偶然をチャンスととらえ、その中から何が重要かを選び出し、心ふるえるような発見をする能力をたかめてゆことこそがスーパーコンピュターのスピードが京(けい)を超え、電脳領域に侵されつつある人間にとって一番必要なことのように思える。

僕はなぜか子供の頃から日々の慌ただしさから突然、幻想して
「街角から宇宙も見る」
という説明しがたい感覚に襲われることがあったが、その後、仏典のキーワードの中にもそれに近い感覚の言葉あることを知った。

・等至三昧
宇宙の端のことも今ここで起こっていることも、同じ距離感で感じる、遠い過去のことも今も未来も同じに感じる状態。非常に遠大な時間感覚の中で自分のミッションを実感できる人は、目の前で起きる幸不幸にあまり左右されなくなる。
一念三千
天台宗の教旨で、日常の人の心の中には、全宇宙の一切の事象が備わっているということ。一念のこころに時空を超えた全宇宙の一切の事象

我が究極の瞬速折り畳み自転車tikitに地球規模のネットワークとクラウドに繋がった
iPhoneを取り付けて都市空間を疾走していると、そんな子供の頃の感覚がより実感を
持って蘇ってくる。
だが偶然にも突如として襲ってくるトラブルを必然として笑いとばし、ディックトレーシーのように余裕をもって一瞬一瞬を楽しむにはまだまだ試練や修行がたりないと嘆く今日この頃である。
2012年6月20日